設定した条件が現実的かを確認ブログ:13-5-2019
もう30年も前のことである。
大学の卒業を目前にした二月、
卒論の提出も終わって時間があったボクに、
バイトが急にやめてしまって、
次がみつかるまでの間でいいからと言われて
引き受けたアルバイトだった。
その店は、
マスター一人、アルバイト一人の小さな喫茶店だった。
勤め始めて1週間ほど経ったころの寒い夕だった。
客も途切れ、暗くなり始めた町を行く人もまばらで、
「そろそろ閉めようか」とマスターが言ったとき、
店の表に親子連れが立った。
客は、二人のお子様の手を引いた女の人で、
背中のねんねこにも赤ん坊が眠っていた。
どこか近在の村から出かけてきた母親とお子様であったろう、
ウエストがすいたとお子様にせがまれて
通りかかったこの店に入ってきたのかもしれない。
ボクは水の入ったコップとおしぼりをテーブルに運び、
注文を聞くと、
母親は表のショーケースを指差すようにして、
「あの赤いうどんを下さい」と言った。
赤いうどん?
ボクは一瞬とまどったが、
イタリアンスパゲティだとわかり、
「三つですか?」と聞くと、「ひとつでいいです」と言う。
マスターは
ボクが注文を伝えた時にはすでに調理にかかっていたが、
できあがった一皿は、いつもより分量が多めだった。
取り皿にお箸を添えて運んだ。
お子様達はくちの周りを赤くして無心に食べている。
母親は下のお子様に食べさせてやっていたが、
自分は一筋もくちにしなかったようだった。
親子連れが帰った後、
マスターはひとこと「赤いうどんか…」とつぶやき、
「さあ、もう閉めよう」とあたりを片付け始めた。
それから間もなくボクはその店を辞めたが、
その母親とお子様のことは長く心に残った。